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一日が終わったあとのささやかなやすらぎ。きのうとはすこしだけちがう夕暮れ。季節は秋なのに春の甘いにおいがした。
サウス・ダウンズは東のイースト・サセックス州、西のハンプシャー州にまたがる国立公園で東西に長い。
ウィンチェスター(ハンプシャー)に端を発し、イーストボーン(イースト・サセックス)まで続く全長170キロの
サウス・ダウンズ・ウェイは丘陵状のカントリーサイドを通っている。
「デビルズ・ダイク=悪魔の溝」という名にふさわしくないのどかな風景は高さ100メートルの谷ということから冠せられた。
ビクトリア女王の治世時には観光客が押し寄せたそうだ。「悪魔の溝」は民話によると、悪魔が英仏海峡の波を氾濫させ、
すべてのものを教会に向けて押し流すために刃物を使って丘陵を切り裂いたといわれている。
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デビルズ・ダイクはブライトンの北西10キロに位置し、天気がよければ西南西方向にワイト島をのぞむことができる。
近衛文麿(1891−1945)は「倫敦雑記」に「英国の自然は人を親しましむべく馴れしむべく造られたり。仰ぐべく畏るべき雄大厳粛の
趣きを欠けるも、慈母の懐に抱かれたる如き温かさを感ぜしむる点において、世界何れの処にかかる好風景を見出し得べき。」
と記している。
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ブライトンから英国海峡沿いを走るA259を真西に9キロほど進んだオールド・ショーラム(Old Shoreham)の
ラウンドアバウトを右に折れ、サウスダウンズのA283を4キロ弱進むとブランバーに出る。その北約1、5キロの地点に
ひっそりたたずんでいるのがセント・ボトルフ教会だ。
この教会の起源はサクソン時代までさかのぼるというが、現在の建物は11世紀後半に建てられた。
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キングストン・リッジはウェスト・サセックスではなくイースト・サセックスのルイス(人口約17000)近郊にある。
サウス・ダウンズ東端のここまで来ればセブンシスターズも近い。セブンシスターズは白亜の断崖と海だが、
この牧草地ではヒツジ、ウマなどがのんびり草をはんでいる。
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聖パンクラス教会はウェスト・サセックスとイースト・サセックスの境界付近にあり、キングストン・リッジにも近い。
13世紀建造の教会は1865年の落雷で一部損壊したが、1874年に修復工事が施された。
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サウスダウンズには丘あり谷あり森あり(ほかに牧草地や畑など)と変化にとんでいる。
四季それぞれのおもむきがあって旅人の選択肢は広い。
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道しるべの左にデビルズ・ダイクまで5.5マイルと記されている。
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ノドジロムシクイは英名ホワイト・スロート、白色の喉。ウグイス科に分類され、名のとおり昆虫を補食。
しかし木の実も食べる。
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10月だというのに夏のヘザーが咲いている。咲いては枯れ、枯れては咲き、もう3ヶ月は咲いているのだろう。
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ヒバリは英名スカイラーク、またはラーク。ラークには朝型の人(Owlは夜型の人)、
スカイラークにはバカ騒ぎという意味もあります。
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秋なのに、しかも黄色いクレマチス。アランデル城の庭に咲いていた。
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ペパー・ハロウは紳士用靴下、バッグ、ベルト、さいふを売る店。2013年ロンドン・コヴェントガーデンで創業。
アランデル店は2015年開業。ブライトン、シュルズベリーほかぜんぶで7店舗。午前10時ー午後4時。月曜定休。
カラフルな靴下が多く、買わないまでも見るだけでおもしろい。
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アランデルはチチェスター(ウェスト・サセックスの州都)とワージングのほぼ中間に位置し、
古い民家が建ち並ぶ静かな美しい町。人口は約3500人。
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アランデルの東1キロにそびえるアランデル城はノーフォーク公爵が何代にもわたって居城としてきた。
21世紀のこんにちもノーフォーク公爵家の英国における威光はおとろえを失っていないようである。
だがそういうことはどうでもいいと思わせる確かな魅力がアランデル城にあり、見る者を引き込んでゆく。
宮殿のごとくそびえるゴシック建築群は華麗で美しい。
最初に城を築いたのは11世紀後半、ロジャー・ド・モンゴメリー伯爵である。ノルマンディー公ウィリアムが
イングランド征服のためブリテン島にわたってきたとき、モンゴメリー伯はノルマンディー地方の留守居役だった。
そのことによってモンゴメリー伯はウェスト・サセックスの3分の2を領地として与えられ、伯爵の肩書きを
下賜されアランデルに城を築いたのである。最初の城は木造であったが、12世紀に建てかえられ石造の城となる。
現在の城はビクトリア時代に15代ノーフォーク公が大々的に改築した。
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アランデル城は見る場所によって表情を変える。英国の城の多くもどうようで、そこがおもしろい。
その時代々々のはやりの建て方を増改築ごとに加えているのでそうなるのだが、後世の見学者のとっては、
古きと新しきの併存をみることができるし、それがある種の新鮮さをもたらす。
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アランデル城の最初の領主モンゴメリー伯の息子ロバートは、ヘンリー1世(1068−1135)に対する謀反の疑いをかけられ、
アランデルの領地を没収され城は王室が所有。
ヘンリー1世没後、ヘンリーの2番目の妻であったアデライザ・オブ・ルーヴァン(1103ー1151)はウィリアム・ド・アルビーニと再婚。
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中央の建物はキープと呼ばれる要塞。このキープはアデライザとウィリアム・ド・アルビーニが結婚した直後の1138年に
築かれたといわれている。アルビーニ家最後の城主5代目アランデル伯が1243年に死去すると、アルビーニ家の娘イザベルが
相続した。イザベルの夫はフィッツアラン家の出であったので、以後はフィッツアラン家が城主となり約300年が経過。
12代目アランデル伯ヘンリー・フィッツアランが1556年死去し、一人娘の夫4代目ノーフォーク公トマス・ハワード(1536ー1572)
が相続し、爾来400年以上にわたってノーフォーク公(ハワード家)がアランデル城主となっている。
キープに立つのはノーフォーク公ハワード家の旗である。キープが建っている小高い丘の高さは21メートル。
ハワード家は王族以外で最初の公爵位をリチャード3世(1452−1485)から下賜された(1483)イングランド随一の名門貴族。
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アンバーリー村はアランデルの北6キロに位置。アランデルからA284を4キロ北上し、B2139とのラウンドアバウトを
右に3キロ弱行けば到着。アンバーリーの人口約530人。アンバーリー城が建てられたのは1380年。
現在はウェスト・サセックスでも有名な古城ホテル。
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ペットワース・ハウスはチチェスターからA285を23キロ北へ行く。ほぼ一本道なので迷うことはない。
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ペットワース・ハウス&パークは17世紀後半に建てられた大邸宅で敷地面積は283ヘクタール(約85万7千坪)。敷地内は鹿の楽園。
邸宅の絵画コレクションも有名、ターナー、ヴァン・ダイク、レイノルズなどの巨匠が名を連ねている。厨房、召使いの部屋も近年公開された。
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ペットワースの敷地は鹿の生息地。
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ターナーは定期的ペットワース・ハウス訪問に飽き足らず邸内に自分のスタジオを構えた。
ターナーの絵はテート・ギャラリーに次ぐコレクション20点を数える。
上の写真は映画「ターナー、光に愛を求めて」でターナーを演じた英国俳優ティモシー・スポール。
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ターナーが描いたのは、そこがどういう土地であろうとも、やさしい光に満ちた風景であり、落日のかがやきである。
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「東方三博士の礼拝」はルネサンス期から王族貴族がこぞって有名画家に依頼した人気の高い絵。
なかでもボッティチェッリ(1445−1510)の描いたものは高い評価をうけている。
ペットワース・ハウスに鎮座するのはしかしルネサンス期でもフランドルの画家ヒエロニムス・ボス(1450−1516)の作品。
ボスもヨーロッパ各地の王・貴族から依頼されたが、スペイン王フェリペ2世は特にボスを贔屓したという。
ボスは同じフランドルの画家ピーター・ブリューゲルに大きな影響を与えている。ペットワースでボスの作品に出会えるとは。
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ナイマンズはウェストサセックスの数ある庭園のなかでも高い評価をうけている。19世紀後半、ドイツのユダヤ人一家メッセルが
イングランド定住をもくろんで移り住み、ハンドクロス村の東に600エーカー(約73万5千坪)の土地を購入した。
ナイマンズ・ガーデンの作庭がはじまったのは1895年から。最初に植えられたのはツバキ、シャクナゲ、つづいてモクレンが植えられた。
1930年代に一般公開されたナイマンズは1947年の火災で甚大な被害をこうむるが、家屋は部分的に修復され、1953年ヘッセル家の
当主レオナールの死を契機にナショナル・トラストに管理をゆだね現在にいたっている。
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ナイマンズへはブライトンからA23を28キロ北上し、ハンドクロス付近でB2110と交差する地点からB2114を右に大きく曲がる。
Nymansの標識が目にはいるので迷わずたどり着ける。
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エゾギクは典型的な秋の花。ナイマンズに限らず、イングリッシュ・ガーデンに咲く花は多岐多様。花名をおぼえるのはタイヘン。
その点エゾギクはすぐおぼえることができる。
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シゾスティリスは別名ウィンターグラジオラスと呼ばれ、アヤメ科の植物。葉を見るとなんとなくアヤメ科という感じがする。
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シゾスティリスの花は一般的に赤ということだが、ピンク色もあって楽しい。
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アルストロメリアは百合水仙ともいわれる種類があり、種属によってユリ科とヒガンバナ科に分かれる。
花だけ見ればヒガンバナとはほど遠い。
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ユーコミスはその花のかたちからパイナップルリリーと呼ばれ、ユリ科の植物。
リリーならユリ科にまちがいない。
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スティパはイネ科植物。イネの親戚であることは、みればだれにもわかるという按配。
イングランドの有料庭園はなぜかスティパを植える傾向がある。
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コーナスはキイチゴ。キイチゴには多種あって、一見ラズベリーにも見える。
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ここからは野生を模した植物園。
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かつてイングランドに自動車ではなく馬車が行きかっていたころ、街道沿いにあった野バラの生垣、森の小径。
それらを追懐できるよう、ハルネーカーの「木のトンネル」ではウマと自転車、歩行者以外通行してはならない。
木のトンネルはイングランドではめずらしくないが、もしかしたらこれは魂の通り道かもしれない。
魂の通り道がつなぐのは未来ではなく過去である。魂の通り道は閉ざされることも失われることもなく、記憶の奥に埋もれた至高の経験や
甘美な出来事を追懐させてくれる。そしてまた、死後も心のなかに生きつづける人たちが行き来する道でもあるのだ。
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