ヒースローから西へ車で約2時間のウィルトシャーは東にオクスフォードシャー、バークシャー、ハンプシャー、西と南にサマセット、
ドーセット、北にグロスターシャーに囲まれた海のない州である。ウィルトシャーという名になじみのない人でもストーンヘンジや
ソールズベリー大聖堂、カースルクームの名を知っている人はいるだろう。それらすべてはウィルトシャーにある。
ウィルトシャー、サマセット、ドーセットの諸州はかつてアングロサクソン七王国のひとつとしてブリテン島南西部に築かれた
ウェセックスにほかならない。
(アングロサクソン七王国は8世紀末に建設され、829年ウェセックス王エグバートがイングランドを統一、950年ウェセックス朝により全イングランド統一)
1725年、ウィルトシャー南西端のスタートン(ストートン)にストウヘッドという名の大邸宅を建てたのは銀行家ヘンリー・ホアだ。
その16年後、1741年から約40年の歳月をかけて変化に富む庭園造りに挑んだのがホア2世。
15−16世紀の大航海時代には外洋政策でスペイン、ポルトガルに出遅れたイングランドだったが、17世紀から19世紀後半まで
日の沈まない海洋王国の名をほしいいままにした英国は、国中の木という木を伐採し造船にあてる。そういう状況のなかでホア2世
のように植林にはげむ者は稀少だった。
産業革命の真っ只中、蒸気機関車の普及が広範囲にわたり、必要になったのは線路の枕木すなわち樹木だ。その後も
おびただしい木が伐採された。多くの森は失われ、生態系の変化は自然環境に甚大な被害をもたらし、イングランドからすべて
の森が消えるという危険もあった。そこから自然保護運動がはじまり、以降、ナショナル・トラストの設立につながってゆく。
紅葉見物の習慣のなかったころに広葉樹、落葉樹を選んで植える発想が何に由来するのかわからないとしてもステキ。
ストウヘッドの錦秋は10月下旬に始まり11月中旬に終わる。が、紅葉の最盛期は10月30日から11月7日の1週間である。
年度によって数日のずれがあるので、調整可能なら小生のように10月末に来て、1週間後に再訪するのも一興。
再訪までの日々はウィルトシャーの、あるいは隣接州の観光名所を訪れ、旧ウェセックスの晩秋を過ごす。
ストウヘッドへはバースからA36を南へ22キロ進み、ベッキントンのラウンドアバウトでA361に入り南下、リトル・キーフォード
のラウンドアバウトでB3092に入って15キロ進むとスタートン村やストウヘッドの案内板が見えてくる。そこを曲がれば到着。
|