デヴォン州南部に位置するダートムーア国立公園の総面積は約950平方キロ。陸上に露出している岩石の多くは花崗岩である。
1月、2月の気温は氷点下になるが、最低気温がー5℃を下回る日はほとんどなく、夏場の最高気温も25℃を上回る日は少ない。

ダートムーア Benheil Rocks
ダートムーア Benheil Rocks
 
2014年から毎年のようにデヴォン州に行くようになった。発端はダートムーアに魅せられたからだ。
8月初旬シドマスで開催される「シドマス・フォークウィーク」もわくわくさせられた。今回は8月末、お祭りはなかった。
 
ダートムーアの各所は晩夏特有のかぐわしい匂いがして、秋がゆっくり忍びよっていた。風景は男性的なのになぜか
若いころ深くなじんだ女性を追想させるさわやかで心地よい風、快活でしかもしっとりした佇まい、澄んだ目のような空。
そのすべては、歳月が経過しても身体に残った至福が全身にいきわたるあの調べに似ていた。
 
 
 
ダートムーア
ダートムーア
ヨークシャームーアに較べるとダートムーアの規模は小さいし、ヨークシャームーアのように殺伐としてもいないけれど、
かえってそれがよいと思うことがある。心の風景はひとつではない、ヒースクリフが孤独をかきたてられるノース・ヨークシャー
には感動が脳を経由せず、皮膚から血管に直接入って鳥肌が立つムーアがある。
 
ヨークシャームーアの太陽は地面すれすれの高さまでしか上がらず、そのままぐるりと移動するだけだ。
その動きには野心のかけらもなく、一匹狼が周囲の雑音に耳をそばだてずわが道を行くのを想起させる。
ダートムーアは平穏で明快だ。ヨークシャーほど高緯度ではないので、太陽はすれすれということもない。
 
いずれにしても、ダートムーアもまた心の風景のひとつとして記憶にとどまるだろう。
 
 
ダートムーア
ダートムーア
2005年までダートムーアはある程度の通行制限を課せられていた。2006年に入ってそのほとんどが解除され、
農地をふくむ大部分がハイカーや旅人に開放された。
 
ダートムーアの各町、各村の住民の総計はおよそ3万3千人。うち南東部のアシュバートンに4100人が住んでいる。
 
 
 
アシュバートン
アシュバートン
 
 
ダートムーア クラッパー橋
ダートムーア クラッパー橋
イースト・ダート川をはじめとするダートムーアの川に架けられた橋の多くはいわゆる古代橋らしい。石材のほとんどは花崗岩、
あるいは片岩。クラッパーの語源クラプス(ラテン語)の意は「石の積み重ね」(オクスフォード英語辞典)。
 
サマセット州のエクスムーアにある古代橋タール・ステップスはクラッパー橋よりもっと古代を感じさせる。あえていえば、
橋というより鴨川の飛石に近いのだ。鴨川の飛石は現代の古代橋か。
 
ここに初めて来る人は、だれでもそうかもしれないけれど見るだけで帰る人はまずいない。必ず橋をわたる。おそらく橋を見た
瞬間、子どものころに帰るのだろう。そういう回路が目をさますのだと思う。
初めて来た子どもはどうか。橋を見て、古代から受け継がれたDNAが騒ぎだし、足が勝手に動きはじめるのではないだろうか。
 
サマセットの古代橋は下のバナー「Somerset」へ。
 
 
 
ダートムーア ポスト橋
ダートムーア ポスト橋
ポスト橋のポストブリッジは町の名でもある。ダートムーア中央よりやや北に位置し、ノースボヴェイからB3212を南西に
13キロ弱行けば到着。ポスト橋はダート川の支流イースト・ダート川に架かり、橋の名が記録されたのは14世紀初頭、
橋の建設は13世紀であるという。
 
 
 
ダートムーア フィングル橋
ダートムーア フィングル橋
フィングル橋はダックスフォード村(Duxford)にある。
 
 
ダートムーア  ホワイト・レディ滝
ダートムーア  ホワイト・レディ滝
ホワイト・レディ・ウォーターフォール(ホワイト・レディ滝)はナショナルトラストが管理する落差約30メートルの滝。
1947年ナショナルトラストがリドフォード渓谷を所有した。この滝は全長2、4キロのリドフォード渓谷を流れている。
 
 
ダートムーア  ベッキー滝
ダートムーア  ベッキー滝
ベッキー・フォールズ(ベッキー滝)の落差は併せて総計20メートルしかないが、ボヴェイ川の支流のひとつで、
ハイカーにとって真夏の冷蔵庫。小川のおもむきがいい。
 
 
ダートムーア ベッキー滝
ダートムーア ベッキー滝
ベッキーの流れは数段階に分かれ、長さ約100メートルのあいだの落差が20メートル。
1940年代にはベッカ・フォールズという名だったが、1951年にダートムーアが国立公園になってベッキーに変更された。
ベッキーのほうが親しみやすいからということで。
 
ダートムーアにはこういう小規模のフォールズがいっぱいあり、ハイカーの癒やしとなっている。
 
 
 
ダートムーア
ダートムーア
ダートムーアの村々でよく見かける裸馬。道に迷わないのは土地勘がいいのでは。
 
 
ダートムーア
ダートムーア
英国カントリーサイドはどこに行っても快適なドライブを楽しめる。要所々々に標識があり、走ってる車も少ない。
 
 
ダートムーア
ダートムーア
雲も大地も秋の気配がただよう。
 
 
ダートムーア ハッチンソン・クロス Hutchinson's cross
ダートムーア ハッチンソン・クロス Hutchinson's cross
古代石碑の多いなかでハッチンソン・クロスは1968年、英軍中佐ハッチンソンが母親の記念碑として建てた。
高さはわずか1、4メートル、花崗岩の十字架である。写真を見ればもっと大きい十字架に見えるでしょう。
 
ハッチンソン中佐の母に関しては、十字架に1887−1966と彫られている。
 
 
 
ダートムーア
ダートムーア
ダートムーア国立公園の案内板は花崗岩である。その奥に「速度を殺せ」という看板もある。カーブはそれほど急ではないが、
それゆえスピードを出すドライバーが英国に多いということである。
 
「速度殺せ」の上には「犬の飛び出しを避けるため犬を放すな」みたいな看板も。文字を入れ替えれば「犬、殺せ」。
 
 
 
ノース・ボヴェイ ダートムーア
ノース・ボヴェイ ダートムーア
ダートムーア北東部のノース・ボヴェイは人口250人の小さな村だ。エクセターの北西20キロと地の利がよく、
ボヴェイ・カースルという城(カースル)のような高級ホテルがある。
 
 
 
ボベイ・カースル
ボベイ・カースル
ボヴェイ・カースルの宿泊料金はシングル・ダブルともに4万円から。恐れ多いので泊まりはパスしてお茶だけに。
コーヒー紅茶の2200円も恐れ多かった。
 
室料のミニマム料金はシングル2万2千円からであるが、そこからツイン3万5千円までの部屋は、夫婦が同伴する
幼児の世話にあたる召使いが幼児とともに利用する部屋で、バスルームにはシャワーしかなく、部屋もかなり狭い。
英国ドラマ「ダウントンアビー」でおなじみの使用人部屋である。
 
1989年7月コートダジュールのアンティーブに宿をとった。アンティーブは岬の先端の町。宿の名はドゥ・カップ、フランス語の岬。
当時、ドゥ・カップのミニマム料金は1泊5万円。3泊分を銀行送金しなければ宿泊不可。キャンセルの場合、3泊分は没収。
で、5万円の部屋はというと、ベビ−シッター&幼児用でした。
 
 
ボヴェイ・カースル
ボヴェイ・カースル
裏に回ればボヴェイ・カースルのカースル(城)の意味がわかる。このホテル、裏庭はゴルフコースとなっている。
 
 
 
ノース・ボヴェイ民家 ダートムーア
ノース・ボヴェイ民家 ダートムーア
 ノース・ボヴェイ 民家
ノース・ボヴェイ 民家
民家の茅葺き屋根。めがつまりぐあいは熟練の技、色も美しく、壁の白とのコントラストが見事。
 
 
 
ノース・ボヴェイ
ノース・ボヴェイ
ノース・ボヴェイ
ノース・ボヴェイ
大小とりまぜて民家のデザインも多岐におよび、歩きながら見るだけで時間が過ぎる。
 
 
ボヴェイ川  ノース・ボヴェイ
ボヴェイ川  ノース・ボヴェイ
パブ ノース・ボヴェイ
パブ ノース・ボヴェイ
ランチにするか、お茶にするか。いずれにしても中途半端な時間と場所。現地で買ったガイドブックに掲載されていないパブに
入るのは躊躇する。そこでインフォマーション。お奨めはどこかと尋ねたら、即答はなかったけれど軽いタッチで答えたのがここ。
 
 
パブ ノース・ボヴェイ
パブ ノース・ボヴェイ
ランチのセットメニューはすべて6ポンド45ペンス。ボヴェイ・カースル((ホテル)のお茶代の半分以下。
味はというと、コテージ・パイ(3段目)はいまいち。取り立て野菜のシャキシャキ感に免じてパイも可とする。
 
 
 ボヴェイ・トレーシー
ボヴェイ・トレーシー
ノース・ボヴェイからエクセターに帰る場合、まずA382を北西に8キロ進み、グースフォードの先でA30を利用すると近道だが、
A382を南東に進むとボヴェイ・トレーシーを避けることはできない。
 
 
ボヴェイ・トレーシー
ボヴェイ・トレーシー
ティンマス 桟橋
ティンマス 桟橋
ティンマスはエクセター郊外からトーキーへ向かうA379を道なりに約26キロ南下すれば楽々到着。
道はすいているし、ティンマスに近づくにつれて左手に英国海峡を見やりながらのドライブは快適。
 
さらに南のトーキー(人口約65000人)や、ペイントン(人口約49000人)といった有名観光地と
ちがい、ティンマスの人口は15000人弱、町の規模も小さい。したがって旅行者も少ないのがいい。
 
 
ティンマス 桟橋
ティンマス 桟橋
ティンマスの歴史は古い。ノルマン人がイングランドを征服する以前の7世紀〜10世紀、
サクソン人が支配していた。
ヨーロッパ大陸を結ぶ海上の要衝だったことから、11世紀初頭(1001)デンマークが
ティンマスに襲いかかり、熾烈な戦いの末、ティンマスは敵を追っ払った。
 
14世紀になるとフランスが色気を出してカレーから上陸し攻撃の矢を放ったが、その時も
撃破した。17世紀後半の相手はオランダ、そして懲りないフランス。これにも勝利した。
だがフランスとの戦いでの被害は甚大で、116戸の家が焼かれ、172戸は略奪の憂き目
にあった。教会2つも破壊されたという。
 
 
ティンマス
ティンマス
ここまで来ると町のほとんどが眺望できる。桟橋も小さく見える。南デヴォンの海岸線が変化に富んでいることもわかる。
 
 
 
ティンマス 桟橋
ティンマス 桟橋
第一次大戦に従軍したティンマス市民のうち175人が戦死、または病死。企業のほとんどは倒産。
町に復興の槌音がひびいたのは1930代になってからだが、復興の一翼を担ったのは一翼の字のとおり
近くにある飛行場と飛行学校だった。
 
謳い文句は、「整った航空施設を提供する南海岸の唯一のリゾート地」。
 
第二次大戦中はドイツの空襲である。1940年から44年まで21回の空爆は英国ワースト3に入る。
被害状況を記すことが主旨ではないので省略。
 
 
ティンマス 桟橋
ティンマス 桟橋
グランドピアと呼ばれるティンマスの桟橋の全長は212メートル、1865年建設が始まり、
1867年に完成。ブライトンの桟橋(全長525メートル)に較べれば短く、そのせいか身近な感じがする。
 
 
ティンマス
ティンマス
ティンマスはデヴォンの宝石といわれている。デヴォン州トーキー生まれのアガサ・クリスティーは有名、ティンマスはほぼ無名。
クリスティーは名探偵ポワロとミス・マープルを世に出し、ミステリーのおもしろさを知らしめた。
 
ポワロとミス・マープルの登場する作品はミステリー小説の宝石といえる。ティンマスがデヴォンの宝石と呼ばれるのは、
千年にわたって辛酸をなめてきた歴史があるにもかかわらずそのつど立ち直り、風光明媚な風景を保っているからかもしれない。
幾度となく不利な立場にたたされ、オイルマネーが金融市場を席捲しようが、国民投票の結果EUを脱退しようが、
英国は必ず立ち直る。その英国人気質がティンマスをデヴォンの宝石といわせるのだろう。
 
 
 
ティンマス サンセット
ティンマス サンセット
 
 
 
ティンマス 三日月
ティンマス 三日月
2017年8月25日の月。三日月なのか四日月なのか。月齢からすれば三日月。
 
低い雲が霧のごとく流れ、雲のあいまから放たれる弱い光は、強い光に較べると心なしか臆しているようにみえる。
しかし弱い光は、体力のおとろえを痛切に感じている者には、深い霧につつまれた森の奥をやさしく照らす光明なのだ。
 
 
 
ティンマス
ティンマス
 
 
 
A30 ローンセストン付近
A30 ローンセストン付近
ダートムーアからA30を西へボドミンムーアに向かっていたら、知らないあいだにコーンウォール州に入っていた。
ローンセストンはコーンウォールなのだ。
 
ボドミンムーアは下のバナー「Cornwall Revisit」へ。
 
 
ポピー
ポピー
夏、英国をドライブすると道路沿いにポピーの大群落をみる。初めて英国を車で走った1999年6月中旬〜6月末、その規模、
鮮やかさに目を見張った。それはいまも変わらない。
 
ゆるやかな坂道を上っていたら突然、眼前に赤い花の大パノラマがあらわれる。そういう視覚効果を狙って咲いているのか、
そんなふうに思わずにいられない。
 
 
シドマス
シドマス
シドマスの夜。日中22、3℃あった気温は15℃になる。半袖で散歩する状況にはない。カメラ持参で歩くにはそれなりの装いで。
 
 
 
サンライズ バッドレイ・ソルタートン
サンライズ バッドレイ・ソルタートン
シドマスの南西10キロほどにあるバッドレイ・ソルタートンはデヴォンでも小さな町だ。海岸からのぼる朝日が美しい。
渡り鳥が北に向かう途上、このあたりの海浜に寄って羽休めをするという。バードウォッチャーには垂涎の浜辺であるだろう。