デヴォンと聞くと特別な思いにかられる。デヴォン州の南と北では景観は異なり、空気の色まで別物だ。
南のイングリッシュ海峡、北のブリストル水道に挟まれ、南部〜中部には625平方キロの広大な面積をもつダートムーアが横たわっている。
ダートムーアに近い南海岸沿いにはシドマス、トーキー、ペイントン、ブリクシャム、ダートマスなど風光明媚な町が林立する。
 
どの町や村にも魅了され、再訪すればまた心奪われ、何度来ても心は踊り、そして癒やされる。
ここでは「Devon 2014」でも取り上げた南東デヴォンのシドマス、コッキントン、ダートムーアなどを引き続き紹介します。
シドマス
シドマス
 
よくもまあと言いたくなるような崖っぷちにつくられた家と道。
赤茶けた岩肌の断崖に沿って遊歩道が整備されている。
 
シドマス
シドマス
 
防波堤に打ちつける波。遊歩道はシドマス観光の人気スポット。
 
シドマス
シドマス
 
まだ初夏、ミッドサマー・ホリディも来ていないのに、気の早い連中は海岸で遊び、プロムナード散策を愉しむ。
8月初旬の「シドマス・フォーク・ウィーク」(Devon2014)期間中に較べると、これでも人通りは少ない。
 
シドマス
シドマス
この日は夏日、アイスクリームもドーナツも飛ぶように売れていた。
 
三色菫と姥桜 シドマス 
三色菫と姥桜 シドマス 
 
聞けばわかることを聞かずに想像する。ヒマだね、わたしも。
鮮やかなブルーとピンクは娘。ブルージンズは母親。黒いジーンズは祖母(左手のシワが高齢者を示す)。
あるいは年老いた母と3人の娘(それはないか)。会話と雰囲気からして他人同士ではない。
 
シドマス
シドマス
 
シドマスの人口は約12000人、デヴォン海浜の町としてはかなり多い。
背後の急勾配の崖、海岸に突き出た岬は人口過疎。12000の住民がいるとは思えない。
 
シドマス
シドマス
 
かつての見張り台を利用して観光用に造りかえている。
 
シドマス
シドマス
 
階段の影がもうひとつの階段にみえたりもして。影のほうはさらに危なっかしい。
 
ラドラム湾 シドマス
ラドラム湾 シドマス
 
ラドラム湾(Ladram Bay)のこのあたりに来ると観光客のすがたもなく、赤い崖も遠くに見えて、
遠くに来たという実感がわいてくる。
 
崖の岩は中生代三畳紀(2億5000万年〜2億1000万年前)の硬質砂岩で、次の中生代ジュラ紀(恐竜全盛時代)より古い地層。
 
シドマス
シドマス
 
駐車場が遠い場合、駐車場所を確保するのはタイヘン。どこにでも駐めていいわけはなく、
みなさんが駐めているところに。
 
シドマス
シドマス
 
この道は空いているけれど、駐車してはいけません。
 
ドンキー・サンクチュアリー シドマス
ドンキー・サンクチュアリー シドマス
 
シドマスの中心部から北東4キロに位置するドンキー・サンクチュアリーは
文字通りロバの保護区(聖域というほうがいいかも)。
 
1969年にエリザベス・スヴェンセン(1930−2011)が設立したスレイドハウス・ファーム
の敷地にあり、来場者は無料で係員の作業を見学でき、ロバと遊ぶこともできます。。
この女性、飼育係ではなく一般の来場者。
 
ドンキー・サンクチュアリー
ドンキー・サンクチュアリー
 
この方たちも一般の来場者。
 
ロバといえば、50年くらい前まで「ロバのパン屋」という移動販売のお店がありました。
荷台(ワゴン)をロバにひかせて、音楽を流しながら町を移動しパン(当時は主に蒸しパン)を売る。
昭和40年代初めまでロバでしたが、その後自動車による販売に切りかわりました。
 
近年「移動販売」が増え、2015年5〜6月のドラマ「ランチのアッコちゃん」の戸田菜穂がそういう役。
パン屋じゃないけど。
 
スレイドハウス・ファーム シドマス
スレイドハウス・ファーム シドマス
 
エリザベス・スヴェンセンは子どものための信託を創設し、
乗馬療法を応用して子どもの治療にあたり、
ロバ以外にも動物擁護の基金を創設、国内外で広く活動を続けました。
 
野外活動の一環としてファームの外でロバと遊ぶ子ども。
ところでこのロバ、大型のぬいぐるみみたいです。
 
ロバと散歩 シドマス
ロバと散歩 シドマス
 
人も歩けばロバに当たる。ファームから出て、ロバと散歩を共にしてロバの保護育成、動物の愛護運動に貢献しています。
ファームには常時500頭ほどのロバがいるとか。
 
ロバと散歩
ロバと散歩
 
ロバはきわめておとなしい性格なので、初めてふれる人でもだいじょうぶ。
ふれる相手が人間ならこうはいきません。
 
旅の空
旅の空
 
近年、季節感が失われ、雲も季節感がうすくなった。秋に発生したはずの雲は初夏に、真夏の雲がおそい春や初夏に、
ほかにもいろいろ。年中、四季の雲を見ることのおもしろさ、つまらなさ。
 
レイクビューマナー
レイクビューマナー
 
シドマスからA375を14キロ北上し、ホニトン(Honiton)でA373を北北西に5キロ進み、ゴドフォード・クロス(Godford Cross)で右折し
3キロ行くととダンクスウェル(Dunkeswell)村がある。レイクビューマナー(Lakeview Manor)はダンクスウェル村の小さな宿(17室)。
1、3キロ西方にダンクスウェル飛行場(Dunkeswell Airfield)という滑走路の短い小さな訓練用飛行場があるが、数人乗りの民間セスナ機、
ヘリコプターが日に1〜2機離発着するだけで(日によってはゼロ)、騒音に煩わされることはない。
 
宿は特筆すべきものは何もなく、私有地が45エーカー(約55400坪)あり、広い森に遊歩道が整備され、散策にはうってつけ。
なによりもいいのは、中国人ツアーが決して足を踏み入れる場所ではないし、ツアー客が泊まるには部屋数が少なすぎること。
B&Bのよさはそこにつきる。用途と目的に合うB&Bを拠点(4泊)にして南東デヴォンの海岸を巡る。
 
 
エクセター大聖堂
エクセター大聖堂
 
デヴォン州の州都エクセターの人口は約11万人。エクセター大聖堂はその象徴ともいうべき荘厳美に満ちている。
現在の大聖堂は1270年に大幅な改造計画が実施された90年後、1360年に完成。
 
エクセター
エクセター
エクセター
エクセター
コーヒーハウス エクセター
コーヒーハウス エクセター
 
Mol's Coffee House のモルはメアリーの省略。創立は1596年であるが、コーヒーを提供しはじめたのは17世紀半ば以降。
 
 
ペイントン
ペイントン
 
ペイントンはトーキーの南西6キロに位置する海浜観光地。コッキントンはトーキーとペイントンのほぼ中間点。
英国の道路標識の見やすさは特筆もので、単に目につきやすいばかりか、駐車場の台数まで記している標識もある。
 
道しるべ
道しるべ
 
この道しるべはフットパスの歩行者用。
 
コッキントン
コッキントン
 
 
コッキントン
コッキントン
 
左の家はウィーバーズ・コテージ。ウィーバー(Weaver)は機織り職人。19世紀初頭までここは機織り職人の住居兼仕事場だった。
 
ギフトショップ コッキントン
ギフトショップ コッキントン
 
正面の茅葺き屋根の家、昔は鍛冶屋、いまはギフトショップ。
 
コッキントン村には17世紀のイングランドがそのまま保存されている。
 
コッキントン
コッキントン
 
右の家はウィーバーズ・コテージ。その奥は下↓
 
ウィーバーズ・コテージ
ウィーバーズ・コテージ
 
ウィーバーズ・コテージ(Weaver’s Cottage)は年中無休のティーハウス。コーヒー、軽食などもメニューに載り、
茅葺きの古い民家ということもあって客足が絶えない。
 
コッキントン
コッキントン
 
トーキーで生まれたアガサ・ミラー、結婚後はクリスティーと名乗った著名な作家は、
トーキーの西1マイルのコッキントン村までしばしば馬に乗って来たという。。
 
アガサ・クリスティー(1890ー1976)が少女時代を過ごしたトーキーの自宅近くに居を構えていた
イーデン・フィルポッツ(1862−1960)は、アガサに激励と助言をし、それが後に彼女の作家としての
熟達に寄与した面があったらしい。
 
コッキントン
コッキントン
 
 
 
コッキントン
コッキントン
 
 
 
コッキントン
コッキントン
 
 
ドラム・イン コッキントン
ドラム・イン コッキントン
 
ドラム・インはパブ&レストラン。昨夏より人が多いのは、初夏であることと週末のせいかもしれない。
 
この建物は20世紀のもので、建築家サー・エドウィン・ラッチェンスが1936年に設計。
料理はいまいちということで、ティー・ブレイクだけ。
 
コッキントン
コッキントン
 
デヴォン有数の観光地トーキに近く、近年つとに名が知れわたっているからか、米国、ドイツなどからの観光客が増えた。
 
英国王の後継者が途絶えた1714年、英王室の遠縁ハノーヴァー家出身のジョージ1世が英国王に即位して以降、
英王室にドイツ・ハノーヴァー家の血が受け継がれているからか、ドイツが不況知らずであるせいか、
暗く冷たい空から逃れてきたのか、ドイツ人が多くいた(第一大戦中ハノーヴァー家はウィンザー家に改称)。
 
米国人観光客が多いのは毎度のこと。英国に来る米国人の多くは先祖が英国出身という理由。
それとオーストラリアからの観光客。オーストラリア人の祖先はおおむね英国。現在も英連邦に入っているし、この時季は
冬支度もあって、気候のいい南デヴォンを旅先に選んだのか、旅の合間のつれづれに巡らす考え陳腐なり。
 
 
ダートムーアへ
ダートムーアへ
 
日本の雨はまとわりつく感じがあってイヤだけれど、イングランドの雨はパァーッと降ってパッとやむ。そこがいい。
 
ダートムーア Fur Tor
ダートムーア Fur Tor
 
ダートムーアの面積は625平方キロ、花崗岩の大地である。ムーアに突きだした巨大な花崗岩が旅行者を迎える。
巨岩を見たいと思わない者の視界に容赦なく入ってくる。
 
ファー・トー(Fur Tor)のTorは岩山の意。
 
ダートムーア
ダートムーア
 
ダートムーアの景観を景観美というのは正しくないだろう。丘陵の高い位置(往々にして頂上部)には
地下から引き離された巨岩の塊があり、曲線美の邪魔をする。角のように尖った岩が空を指さしているからだ。
 
ダートムーアを舞台にしたミステリー小説は、コナン・ドイルの「バスカヴィル家の犬」(1902年刊)、
イーデン・フィルポッツの「赤毛のレドメイン家」(1922年刊)。
 
ダートムーア
ダートムーア
 
斜面にはいたるところに小さな湧水があり、そこに雨水も加わって渓流となり、
さらに網状の小川や小さな滝となって、この地域を潤す。
 
ダートムーア Hole rock River Teign
ダートムーア Hole rock River Teign
 
ダートムーアの奥地は、近隣の住民の言によると、川ではなく、水たまりが流れているのだそうである。
 
合流
合流
 
無数の水たまりはところどころで合流し、新たな流れとなって、村落のいのちの水となる。
 
ダートムーア
ダートムーア
 
川沿いの緑床は夏でも涼しく、小さな谷間は動物と人間が共存できる条件がととのっている。
 
ブレントーの丘
ブレントーの丘
 
 
ブレントー(Brentor)の丘には13世紀に建てられたミシェル・ド・ループ教会(St Michael de Rupe)跡がある。
1995年、落雷にあって被害をうけたが、その後修復された。
 
デヴォン州は中世から近世初頭にかけて『鉱業活動の中心地であった。そこにはコーンウォールと同じように、
通称「錫鉱山」と呼ばれる坑夫たちの同業組合があり、ダートムーアの最も荒涼たる場所で年次集会を開いていた。
だが良質な錫と銅の鉱脈が掘り尽くされてしまったので、その後採掘はほとんどなされなくなった。』(カザミヤン著「大英国」)
 
ダートムーアはこの地を水源とするダート川(River Dart)と荒地ムーア(Moor)から名づけられた。
 
ダートムーア Haytor
ダートムーア Haytor
 
花崗岩が大地から突き出すようすは壮観。
 
Haytor
Haytor
 
ダートムーアを訪れるのであれば、どの村でもいいから最少2泊は必要だ。
急ぐことはない、朝はゆっくりして、なんならお昼ごろからでもいい、散歩気分で25分か30分歩けば高台に出る。
 
驚くほどおいしく新鮮な空気、ピリっという感じのほどよい冷気が旅人を促す、もう少し歩いてみたらと。
帰国して自慢するものは何もない。新鮮でおいしい空気なら日本の村や山にもいっぱいある。
だが特別の装備も体力も必要とせず、普段着で行って、山小屋とはちがうB&Bに泊まって、満ち足りた気持ちに
なる場所はそう多くはない。そしていまだに農業と牧畜に依存している町や村は貴重。
 
イングランドには、ヨークシャー・ムーア、サウスダウンズ、サウス・ウェスト・コースト、湖水地方などのほかにも、
いたるところに網の目のごとく張り巡らされたパブリック・フットパスが旅人を待っている。
散歩途中で見知らぬ人と挨拶を交わす。英国人ならよほどの変わり者でもないかぎり向こうから挨拶してくる。
見事なまでに自然で感じがいい。それだけで旅に出てよかったと思えるほどに。
 
ひんやりした空気を胸一杯吸い、遠くの風景と空をながめ、無窮の渇望から解放される。
かつて旅の終わりは始まりであると記した。が、あした終わるかもしれない旅の終わりは、夢の終わりである。